インクルーシブ教育を考える  ~ 地域の中で暮らすということ~

2026年3月25日小平市障害者団体連絡会(小障連)主催の学習会、「やまゆり園事件から10年、共生社会への展望」に参加しました。

講師は、神奈川新聞記者健論説委員の成田洋樹さんです。成田さんは、事件前までうつ病で内勤職についていたが、事件の2か月後に現場復帰。事件前、障がい者福祉の取材経験が乏しく、とりわけ重度知的障がい者のことは、気にも留めていなかった。その後ろめたさを感じ、差別を温存させることに自ら加担しているという「加害者意識」からライフワークとしてこの10年、「脱施設、インクルーシブ教育」をテーマに事件そのものより、その背景を探る観点で細々と取材し続けています。

 

やまゆり園事件で問われたことは何か

 社会の構造として、障がいのある人の介護は、家族がするもの、しかしながら、親が高齢になったり、病気になったり親亡き後のことを考えると施設に入れるという選択肢しかない。排除の連鎖を断つには、分けないで地域で暮らすという経験ができる社会を目指すことが必要で、脱施設を目指すには、インクルーシブ教育の推進が不可欠。施設があること自体が差別を生む原因ではないかと提起されました。

 

被害者の足跡から浮かぶ社会の課題

被害者の一人であるKさんは、児童施設をはじめ施設生活は35年におよび、現在は支援を受けながら一人暮らしをしています。集団生活の中では、穏やかそうに見えたが、自分の要望が取り入れられない、生きる力がそがれていったのではないか。地域移行後の現在は、徐々に「自分らしさ」を取り戻しています。課題は、今、地域で生活するために10数人の介護者が通い支援を担っているが、こういった支援に取り組む事業所が大変少ないこと。本人や保護者が地域で生活したいという思いが実践できないことを社会問題として捉えていきたいとのことでした。

 

やまゆり園事件から10年の現在地

事件に関心を寄せても、障がいのある人が置かれている状況に関心が及んでいません。福祉職に就く人でさえ「自らの在り方が問われた」と受け止めている人は少なく、分離教育の下、教員も同様に当事者意識が乏しい。学びの場を分けることで排除の意識を生み出すのではないか、ひたすら「できることを求める教育」そのものが問われているのではないか。障がいのある人と接点があればいいということでなく、対等な立場として日々を共にすることができているのか…

提起された課題を重く受け止めつつ、「誰もが等しく価値がある」という言葉を単なるスローガンに終わらせてはならないという言葉の通り、できることを模索しつつ、前に進んでいきたいと思いました。